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2015.04.19 / local

目利きの時代

「日本市」外観

「日本市」外観

玄関上に飾られた看板

玄関上に飾られた看板

がちゃがちゃで楽しませる工夫も素敵です。

がちゃがちゃで楽しませる工夫も素敵です。

ならまちエリアにある地元食材のお店と和菓子屋

ならまちエリアにある地元食材のお店と和菓子屋

遊中川の外観

遊中川の外観

遊中川のエントランス

遊中川のエントランス

くるみの木の看板

くるみの木の看板

くるみの木の外観

くるみの木の外観

くるみの木の飲食スペースエントランス

くるみの木の飲食スペースエントランス

久しぶりに奈良へ行ってきた。

大阪に住んでいた高校卒業までの18年間、
奈良と言えば小学校の時に奈良公園に遠足で行ったきり。
数年前に唐津の仕事で奈良ホテルを見に来たけど、
ゆっくりとまちを歩くのはこれが初めてだ。

今回は、中川政七商店で働く後輩に会いに行くのが目的。
奈良市の中心市街地には「ならまち」と言われる歴史的な建物・町並みが残っている
エリアがあって、そこに「日本市」「遊中川」と呼ばれる2店舗ある。

「日本市」は以前テレビで見たことがあって、行くのが一番楽しみだった場所である。
シンプルな外観だけど、中に一歩足を踏み入れると、ワクワクな空間が広がっている。
中川政七商店と言えばふきんが有名だが、そのふきんのバリエーションの多さだけではなく、
ハンカチや手ぬぐい、おせんべい、マスキングテープ、調味料などなど、
奈良を中心に土地の産業としっかり結びつきながら、独自のものづくりを展開している点が
非常にユニークで面白かった。

最近ローカルブームでいろんなショップが溢れているが、中川政七商店は
単なるセレクトショップ、フランチャイズではなく、独自の視点でクリエイティブな
仕事をしているなぁと感じる。伝え方もターゲットに合わせて変化させる。
ガチャガチャで関心を集めることもとても良いアイデアだなと思った。

「遊中川」は布系に特化したお店で、狭い路地沿いにひっそりと佇んでいる。
通りの風情を活かして店舗をつくっているあたり奈良らしさが伝わる。
このならまちエリアは、観光客もたくさん集まっているせいか?、
古民家を活かしたショップやカフェ、お土産屋さんが集積していて、
まちあるきがとても楽しい。
少々観光地化されすぎている感はあるけど、色々と参考になる点も多かった。

そしてもう一つの目的地は、「くるみの木」。
翌日の昼食時をめがけて早めにいったものの、平日のランチでなんと
2時間以上待ち。。。1時間以上は待っていたものの、あまりの空腹に耐えきれず断念。
何の変哲もない場所に立っているものの、ここをめがけて女性客がひっきりなしに
やってくる。

その理由は一体なんだろうか。それは「明快な」空間づくりとお店づくりにあると思う。
敷地内は雑踏から開放された憩いの空間できちんとした緑化計画とエントランスづくり
がなされているし、併設される雑貨屋でセレクトされるもの、飲食店で提供される素材、
そのどれもがきちんと考えを持って提供されている。
その一貫した空気感が共感を呼び、集客に繋がっているんではないか。

中川政七商店とくるみの木。
情報過多の時代で選ばれ生き残るには、あえて大きな流れに乗っかるのではなく、
信念を持って世の中に伝えていく「目利き」力が重要だ。

お店だけではない。
産業も観光も地域も、みんなそうだ。

土曜日は佐賀県鹿島市の「酒蔵ツーリズム」へ。

完全に甘く見てました。。。
「世界の鍋島」富久千代酒造には長蛇の列。
いきなり出ばなをくじかれ、酒蔵通りへ。

同じことでした。日本酒って今やブームですね。
日本の食文化が見直されていることはとっても良いことだし、
地方のルーツを活かして元気になることは素晴らしい。

でも、人が多すぎるのと、交通アクセスが悪いのが
非常にもったいなかった。もう少しゆっくりと鹿島の酒文化を
味わいたかった。

予定よりも早く切り上げて、祐徳稲荷神社へ。
春ですね、桜が奇麗に咲いていました。
束の間の花見を楽しみ、道の駅で地元の食材をたんまり調達して
帰宅しました。

「世界の鍋島」富久千代酒造の有料試飲には長蛇の列。

「世界の鍋島」富久千代酒造の有料試飲には長蛇の列。

通称「酒蔵通り」の賑わい

通称「酒蔵通り」の賑わい

古民家を活かしたカフェも出店

古民家を活かしたカフェも出店

お目当ての1つだった「ありあけ酒店」も酒蔵通りに出店

お目当ての1つだった「ありあけ酒店」も酒蔵通りに出店

祐徳稲荷神社

祐徳稲荷神社

祐徳稲荷神社でお花見を

祐徳稲荷神社でお花見を

昨日は、九大の樋口先生のお誘いで、福岡市西区の北崎地区へ。

いまや福岡の若者カルチャーの発信地になっている糸島のすぐ手前に
ある地区で、いわば「見逃されている」場所だ。

学生がリノベーションしてシェアハウスをしているのは前々から
聞いていたけど、初めて来たのだ。

港沿いに続く集落、空き倉庫が目立つ漁港、人気のない港公園、
奇麗なプライベートビーチ、干物ストリート・・・
先生の案内だから、短時間でまちの全貌が見えてくる。

印象としては、全体的にぼやーっとしている。
中心というか、まちの軸みたいなものが見えない。
でも、地域の力で、1つずつ手を加えて行けば、
きっと住むには素敵な場所になるんだろうな。

夕方からは先生の講演にゲスト講師として出させてもらった。
テーマの中心が「子育て世代の移住」だったので、
先日ブログに書いた保育園問題や子育て世代の現状、
暮らし方・働き方の変遷、北崎移住の可能性・ターゲットについて、
自身の体験も交えながらお話と意見交換をさせていただいた。

長い時間をかけて、楽しく、いろんな人達を巻き込んで。
今後お手伝いができるといいなぁ。

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昨日は京都でキカクブの会合でした。
(ホームページはこちら「キカクブWeb

6次産業を中心に、中小企業の売り上げ・価値をどうつくるか。
コンサルティング会社やDM会社、建築デザイナー、Webディレクター、
料理家、写真家の方々とみっちり5時間の会議。

お互いがどういう仕事をしているのかをゆっくり伺う事ができたのと、
何より、行政をメインクライアントとする私とは全く違う仕事のあり方や
考え方に触れる事ができて本当に勉強になりました。

私の役割は、そういった中小企業や商品を、どう地域の資源として
まちの活性化に繋げて行くかということ。
まだまだ視野は広げて行かないといけませんね。

今朝は二日酔いの体に鞭打ってランニング。
年末から、出張先で走ることが習慣化しつつあります。
だいたい5−10キロくらいかな。
部屋の中での会議が多くなるとなかなかまちにでることもないし、
走ると町のスケールがよくわかる。

やっぱり京都はいいなぁー。
まちなかにこれだけ歴史や路地、暮らしが残っているから、
いまもなお多くの人を惹き付けることができる。

Kyoto Heritage run

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先日、祖母の米寿のお祝いで、久しぶりに実家の大阪に帰省。

私の実家は、千里ニュータウン。
1960年代から、日本最初の大規模ニュータウン開発として生まれた街だ。
一般的な故郷と呼べるような牧歌的な風景は広がっていないけど、
自分が30数年間生まれ育った街だから、新しい街であろうが
「故郷感」というものはしっかりと根付いている。

そんな私の原風景は、阪急電車の南千里駅。
その当時はなんとも思っていなかったけど、阪急電車の小豆色の車窓と
南千里駅周辺の建物や風景は、「故郷に帰ってきた」といつも実感させてくれた。

ただ、私が社会人になる頃から、南千里駅と実家までの一帯の大規模開発が
行われ、大型商業施設や大規模マンションがどんどんと立ち並び、
慣れ親しんだ風景があっという間に消えていった。

その南千里駅のシンボル的な建物「千里センタービル」が
日本建築界の巨匠 村野藤吾の設計であったことは社会人になってから知った。
リズム感があって、とっても素敵な建物だ(内観はレトロモダンで渋い)。

その村野建築さえも開発の波に飲まれて壊される危機にあると母から聞いたのは何年前だったか。
ネットで調べてみると、大阪大学の建築の先生が一生懸命に保存運動をしているようだったが、
このたび、その甲斐実らずに壊されることが正式に決まったようだ。。。

なんとも悲しい現実。壊すのは簡単だけど、壊れたらその風景は二度と戻ってこないのに。
壊れる前に一目見ようと訪ねてみた。

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村野藤吾設計の千里センタービル

プラネタリウムを観に、ミニ四駆を買いに、郵便局でお金を下ろしにいった子供の頃の思い出。
今度帰省したら、楽しかった幼少期の記憶を呼び起こしてくれるきっかけはもうない。
「ここはお父さんが生まれ育った故郷だよ」子供にそう語り継ぐ手がかりも失うことになる。

唯一、高校時代に毎日通学で使っていた南千里駅は、当時のままの姿だった。
この駅舎さえ、いつ壊されてしまうのかと思うと、さらに悲しくなる。

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私の原風景、阪急南千里駅

桃山台方面の住宅はまだ残っているものの、開発の波は一気に広まるだろう。

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千里ニュータウン、桃山台方面

気がつけば、当時新築だった実家も、南千里地区の中では最も古いマンションになった。
時代の移り変わり。免れない現実。。。

建物が壊れるということは、風景を壊すだけではなく、人の記憶さえはぎとってしまう。
村野藤吾の出身地 唐津で、尊敬する建築家 藤森照信先生がそういってたことを思い出す。

自分の故郷のまちづくりに関わりたいと最近強く感じている。
自分のルーツがなくなってしまう前に。

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