Roots

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昨年、ご縁があって唐津市で受講していた
「日本伝統文化コーディネーター」に合格し、
見事上級資格を取得することができました。

狂言や歌舞伎、能、三味線など、
近くて遠かった日本文化の世界を知り、
日本人としての誇りが芽生えると同時に、
この文化を途絶えさせてはいけないと痛感しました。

幸い、唐津のルーツである唐津焼の文化継承には
従事させていただいてますが、今後は
日本伝統文化の継承にご尽力する
一般社団法人日本伝統芸術国際交流協会さん(ホームページはこちら)の
取り組みに参加し、広く伝統文化の発展・継承に関わらせていただきます。

日本のルーツ再生、とても意義深い取り組みになることを
期待しています。

150522

2014gj-s_aichiA4_omote.ai

2014gj-s_aichiA4_omote.ai

今回、とあるご縁で愛知県名古屋市で講演する機会をいただきました。
お話を頂いたときは、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった気持ちでしたが、
こうして自分が取り組んできたことを見ず知らずの方々にお話しさせて頂くことは、
これからの自分の仕事のあり方を見返す貴重な場にもなる。

前向きに受けさせて頂くことにしました。
いろんな立場・分野の方々がもっと地域で活躍できるように。
少しでも参考になればと考えています。

いまからとても楽しみにしています。

ホームページはこちら →→→ Good Job!セミナー愛知

西日本新聞(2014年11月1日)

西日本新聞(2014年11月1日)

佐賀新聞(2014年11月2日)

佐賀新聞(2014年11月2日)

先日、西日本新聞と佐賀新聞の取材を受け、大きくご紹介いただいた。
曳山通り・城内地区の景観検討委員会の委員長として、
開催直前となる唐津くんちと町並みのあり方について意見を求められたのだ。

唐津くんちは、唐津が誇るお祭りだ。
でも、単なる一過性のお祭りではなく、唐津の町の歴史や文化、おもてなしが凝縮された、
まちの大切なルーツだ。唐津のまちづくりに携わり、知れば知るほどに、唐津くんちは
まちとは切っても切れない関係にあることがわかってくる。

委員長という大役を任されてから、くんちの関係者や地域住民の生の声を
お伺いできる貴重な機会をいただいている。

くんちの関係者からは、昔からの町割が残る狭い路地・下屋すれすれに山が通るのが
くんちの醍醐味であり、近年建物が壊れ道路が拡張する現状を危惧する声が多い。
もともとは各町の生業の繁盛を願うお祭りで、神様がまちまちを巡るのだから、
そこに生業や暮らしがないといけないし、その象徴となるのが曳山通りの景観なのだ。
くんちの話を聞くと、唐津の歴史がわかり、唐津っ子の生き様がわかる。

今年のくんちは、いつもとは違う想いで見ていた。
曳き子の多くは地元に住んでいないと言われているが、
それでもまちには世代を越えて祭りを繋いでいる地域住民がいる。

くんちのコミュニティがあれば、唐津もまだまだ大丈夫だ。
微力ながら、その暮らしを繋いでいけるお手伝いができればと思う。

総塗替が行われた大石町の鳳凰丸

総塗替が行われた大石町の鳳凰丸

140周年を迎えた京町の珠取獅子と町家

140周年を迎えた京町の珠取獅子と町家

下屋から見る曳山

下屋から見る曳山

このたび、「一般社団法人 中小企業の企画部を代行する会」
メンバーになりました。
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ホームページはこちら →→→ キカクブ

唐津で一緒にプロジェクトをしている槌の音の槌野さんからの
紹介で、この一般社団法人の代表理事とメンバーとお会いしました。

これまでの私のキャリアのほとんどは、行政をクライアントとした
まちづくりや観光のお仕事ばかりだったので、中小企業のコンサル的なことが
果たして私に務まるのかと不安でした。

だけど、キカクブの方々とお会いして話すと、
その不安は徐々に晴れていきました。
「中小企業の強みを地域の強みに変える」
そのための行政や地域との橋渡しやプランニングであれば、
私も少しは役に立つんではないかと思えるようになりました。

まだ独立して1年半しか経っていませんが、
1件2件と中小企業さんからお仕事を頂く機会が増えてきました。
商店街の仕事をしていて最近、
「個店さんや中小企業さんの元気がないと地域の活性化に繋がらないんでは」と
感じ始めていた矢先にこうした出会いが待っていました。

独立当初にはイメージしていなかったことですが、
こういう「嬉しいハプニング」をしっかりと自分の糧にしていきます。

nikkei140809

昨日の日経新聞に憧れの椅子コレクター、永井敬二さんの記事が出ていた。

いまや生活の中に欠かせない椅子。
機能的なことはもちろんのこと、配置する場所や時間、
体に触れることを考え抜いて生まれる美しさやフォルム。

その魅力にとりつかれて、半世紀をかけて彼は1000脚以上の椅子をコレクションした。
それは単なる「収集」という作業に留まらず、その椅子を作り出した作家の感性や生き方を
探し続ける旅とも言える。

彼のコレクションの記念すべき第1号の椅子は、
偶然にも、私が結婚祝いで母からプレゼントされたものと同じである。
永井さんの椅子のセールで購入したワシリーチェアと、
仲良くリビングに置いている。

彼のことを紹介してくれた日経新聞さん、ありがとうございます。
世界から一目置かれる椅子のコレクターが福岡に暮らし、
そして私の仕事で関わっている佐賀県唐津市の出身であることを
少しでも多くの人に知ってもらいたいです。

そして、彼の夢である「本物の魅力を感じられる椅子のサロン」、
いつかきっとできるといいな。

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