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Roots

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2015.03.05 / thinking

待機児童問題から考えた居住先。

先日、保育園の発表があった。
結果、第1次募集では5希望全滅、
第2次募集では3希望全滅・・・

この半年間、この保育園問題に振り回された。
かみさんは、距離的に送迎がぎりぎり可能な範囲の中で、
認可・無認可あらゆる保育園を訪ねて調べてくれた。
その結果を踏まえ、家族で会議を重ね、出した希望に対して
全て落選するという結末。

かみさんはこの4月で復職しないといけない。
僕らの近くには、子供を見てくれる両親もいない。
当然、保育園に預ける「優先度の高い」家庭だと思っていた。
でも、結果はこうだ。

市長は待機児童ゼロだとパフォーマンスする。
周囲には、緊急性がさほど高くない友達の家庭が合格している。

憤りを隠せない。第1次募集でも、第2次募集でも、
市役所に異議申し立てに出向いた。審査基準の曖昧さ、
自宅自営業という不利なバイアス。
第2次募集で私達の得点は少しは改善したけども、結果的に落ちた。

市役所の人曰く、福岡市の中央区は去年に比べて、
待機児童が3倍近くにふくれあがっているという。
でも、結果として入れていない。
果たしてこの1年、市役所は中央区でどんな子育て政策をしてきたのか。
そんな突っ込みをうまくすり抜けて、市役所の人たちは言う。
「とりあえず、3次で空いているとこに入ってみんですか。」

2次に落ちて、僕たち家族のありったけの文句を言い放って、
夜にかみさんとゆっくり話をした。

自分たちの働き方のために子供が振り回されるって果たしてどうなの?
そこまでして高い得点をとって預けたいのか?
保育園のためだけに、自分たちの生活環境を変えるのもどうなのか?

こんな環境では、子供を産みたいと思わないのは無理はない。
上っ面の「少子化をなんとかしましょう」とか言うのも、
その立場になってみると、あまりに政策と現実の乖離がある事を痛感する。
この国が、福岡市が、「自分たちのスタイルで、働きながら、子供を育てる」
にはあまりに不向きな現実に唖然とする。

奇麗ごとだよ、全ては。そう吐き捨てたい現実。
でも、悲観ばかりしていても何も生まれない。
子供にとって、私達にとって、何も明るい未来は生まれない。

そこでふと行き着いた答え。
「別に福岡の都会に固執することはないんじゃないか」

そう思うと、なんだか心が軽くなった。
環境も働き方も子育ても、等身大で楽しめる居場所。
それは都会ではなく、地方にあるんじゃないかと。

地方の仕事をしている僕に、明るい未来が見えた。
この1年をかけて、暮らす場所を再構築しようと考えている。

移住の仕事をしながら、いっそのこと自分たちもそこに住む。
地方の仕事がますます楽しみになる。

Portland,America

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