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Roots

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あっという間に師走・・・

10月、11月の怒涛の出張ラッシュがひとまず落ち着き、
ようやく溜まりに溜まったデスクワークに着手と思いきや、
先週はとあるデザインコンペの資料作りでバタバタ。

ルーツを立ち上げてから、どちらかというと計画やまちづくりの
ソフト中心のコンペや事業に関わることばかりでしたが、
今回は港湾エリア一帯のハードも含めたデザインコンペと、
どちらかというと学生時代にやっていた都市デザイン系の要素が強く、
大学の恩師や仲の良いコンサル会社さんとチームを組んで参加しました。

私達提案者側としては、コンペに勝ちにいくというスタンスより、
私達がまちづくりの中で大切にしていきたいことをきちんと形にして
“一石を投じる”ことを何よりも重視しました。

便利になりすぎたこの世の中で、見落としていることがあるんじゃないか。
効率化、集約化していくことが果たして良いのか。

かなり無茶振りなスケジュールの中での対応でしたが、
こうした機会に改めて自分達のスタンスや考え方を可視化できることは
チャレンジングなことですね。
あとは超激戦の中で最終審査に残れるか、まぁ期待せずに待ちます(笑)

ということで、溜まったデスクワークは一向に片付かず・・・

(佐藤 直之)

11月の週末に訪れたアートブックエキスポ。来年は出展者として参加!?

先日宿泊した糸島市の1棟貸しの古民家。

おじいちゃんから受け継いだ建物は
その価値を損なうことなく孫に引き継がれ、
民泊という形で新たな生命を吹き込んだ。

コロナ禍になる前はほとんどのお客さんが
外国人観光客だったんだとか。

それがコロナ禍になって、今ではほとんどの
利用者が福岡市在住の家族連れだそう。

県内に泊まる機会はこれまでほとんどなかったけど、
こうして隣町の素敵な古民家で暮らし体験ができたこと、
そして何よりも子供達に日本古来の建物で先人の知恵を
学べる機会ができたことは、百歩譲ってコロナのおかげ?
なのかもしれません。

本当はコロナになろうがなるまいが、
日本人として日本の文化や風景を勉強し誇りに思うこと、
継承していく土壌が育まれていくことが大切です。

ただこうして物理的に移動ができなくなり、
足元の宝を見つめ直さざるを得ない機会を与えてくれたんだと
すると、ポストコロナはもっともっと自国のことを大切に、
世界と共存していけるような日本であってほしいと思います。

自民党総裁選も、そんな目線で日々注視しています。

(佐藤 直之)

お盆明けからのコロナ感染拡大、緊急事態宣言の再発令を受けて、
地方出張がことごとく中止もしくはオンラインに。。。
ふと振り返ると、8月に入ってから一度も地方出張に行ってない。
こんな長いこと出張がないなんて初めてのこと。

しかも弊社スタッフは日頃から別々の場所で仕事をしており、
コロナ前からリモートワークを実践中・・・

感染拡大を避ける、密を避けるという意味では、
世間的に見れば模範的な働き方をしている我が社。

スタッフや福岡市内のチーム関係者とはちょこちょこ事務所で
打合せしているものの、これだけ出張がないと
引きこもりが当たり前になりすぎて、なんだか世間に置いてきぼりに
なっている感じがして少々不安になりますね・・・
(デスクワークや打合せはきっちり進めているんですが)

でもやっぱり、地方に行って現場に行きたい、空気に触れたい、
クライアントや地元の皆さんと話したい。
リアルな交流にこそ価値があるし、そんな社会の中でこれからも
生きていきたいと切に願っています。

(佐藤 直之)

人新世の「資本論」読了。

コロナ禍になって、暴走する資本主義のあり方に
疑問を持ち始め、マルクス主義が注目されているようだ。

そのマルクス研究者の中で注目を集めている1人が、
著者の斎藤幸平さん。

地球規模で気候変動が待ったなしの状況の中で、
SDGsやエコ、サステナブルといった耳障りの良い
キーワードが出ているが、結局その裏側には新たな
ビジネスを作り、消費させるための資本主義が蔓延
していて、先進国の消費のために途上国の自然や環境が
食い物にされている現実(グローバルサウス)。

斎藤さんは、気候変動を食い止めるためには、
小手先だけの、一部の富裕層だけが得をする
資本主義をやめない限り未来はないと警鐘を鳴らす。

その中で、晩年のマルクスの思想に着目し、
資本主義から脱成長コミュニズムへ転換を図るべき
というストーリーを描く。

現状認識と着眼点は大いに賛成するし、
鋭い分析だなぁと感心する。

一方で、「資本主義」を真っ向から否定して、
脱成長コミュニズムを推奨する考え方は
納得する部分とそうでない部分があるなぁと。

脱成長コミュニズムの考え方は、簡単にいうと、
地域や社会の財産を一部の企業や富裕層が独占するのではなく、
協同組合やその地域に住むコミュニティで管理することで
人間本来の豊かな暮らしが実現できるのではという提案。

その考え方は、私達が常に関わっている地域のまちづくりに
とてもよく似ているなと思う一方で、横並びのコミュニティの
あり方はとても複雑で難しく、どのように実現していくのだろうか
という具体的な提案まではなされていなかった。

あと、海外の資本主義や気候変動、マルクス主義の研究者や考え方を
かなり広い範囲で研究している一方で、
「じゃあ日本ではどうすれば良いのか」という日本独自のあり方に
ついての研究や分析がまだ不足しているのではと。

日本にはもともと地域の中で経済を回していくコミュニティが存在したし、
日本が世界に誇れる風土や文化もあったはずなのに、
いつの間にか便利さや目新しいものを追い続けて西洋化し、
どこの街を切り取っても画一的な街が広がり、日本の食料自給率は下がり続け、
日本の誇りやアイデンティティはどんどんなくなっていく。

日本独自の美徳や文化、災害時に世界から賞賛された美しきコミュニティを
生かすことができればきっと、斎藤さんが描く未来が拓くのではと
私なりの考え方を重ねてみた。

面白い本でした。

(佐藤 直之)

緊急事態宣言になって、どこにも行けない日々。
地方の出張もことごとくストップがかかって、
1年前の緊急事態宣言と同じ引きこもりの生活が
続いています。

こんな時だからこそ、これまでずっと貯めておいた
「観たい映画リスト」を引っ張り出してきて、
ネットフリックスやアマゾンで見れない昔の映画や
名作のDVDを借りてきて毎日のように観ています。

まちづくりの仕事をしていると、関連する書籍や雑誌を
読むことが多いですが、全然畑違いの映画や本に触れて、
新たな感性や教養を養うこともとても大事で、
意識的にそういう時間を取るようにしています。

映画とまちづくり、一見すると全然関係ないように思えますが、
地域や人々の生活、文化、生き方を学ぶ上ではたくさんのヒントで
溢れています。

思い出すのは、学生時代に挑んだ建築コンペ。
大阪駅の北ヤードの国際コンペに、九州芸工大学の建築学科と
共同でトライしたのですが、私の大学の師匠と建築学科の先生の中で
「ブレードランナーの映画のあの光景を表現できないか」と
アイデアフラッシュが出たことがありました。
(当時はその映画を見ておらず、全然ピンときませんでしたが・・・)

そういう街の空間をイメージする上で、映画は過去から未来まで、
いくつもの時代設定があって、テーマに合わせた世界観が表現されている。
どういう街を、どういう空間を創造するか、という問いに対して、
映画で見た景色というのも1つのヒントになるのです。

地域や外国の歴史や文化についても映画から学ぶことは多い。
日本映画でいえば、小津安二郎の映画は名作です。
家の中から見える景色や日常の風景、東京との対比、
尾道という地域の日常がそこには浮かび上がってきます。
外国の映画を見ると、一神教や貴族社会、差別と、
宗教観や文化の違いが日本とは大きく異なり、
描き方1つでもその国のバックボーンがよくわかります。

最近意識的に選ぶ映画としては、家族にまつわるものが多いです。
強烈な家族観として影響を与えた映画は、なんと言ってもゴッドファーザー。
血の繋がった家族はもちろんのこと、コミュニティというか、契りを交わした
「ファミリー」の絆はとても強く、裏切りがあった場合には家族だろうが
容赦ない。外国のギャング映画はこの傾向が強いですが、中でもゴッド
ファーザーは私の中では印象に残る映画です。

最近家族映画の対比として面白かったのが、日本でも話題になった
「万引き家族」「そして父になる」の是枝監督の映画と、
アカデミー賞をとった韓国映画の「パラサイト」、
そして「わたしはダニエルグレイグ」「家族を想うとき」を
作ったイギリス人ケンローチ監督の映画。

どの映画も貧困な家族に光を当てた映画ですが、
描き方がそれぞれ異なるし、その国の家族観や生き方が色濃く
反映されている点で、学ぶこと、気づかされることがありました。

日本の1地域のまちづくりに取り組む中で、その地域の歴史や文化
だけでなく、日本という国の風土や風習、外国との対比、
人間としての生き方と、自らのルーツを知り、他地域との対比の中で
地域を深掘りする視点がますます必要になってくるのではと思います。

取り留めもない話になりましたが、これからもたくさんの映画を
観て大きな世界を知り、自らの教養と視野を広げていきます。

(佐藤 直之)

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